冬の朝日を観てきた、ISO感度を間違えるという楽しさ

冬の朝日

日の出時刻がだいぶ早くなってきました。

「朝の風景を撮りに行こう!」と思い、早起きをして出かけました。

日が昇るのもだいぶ早くなって来たけれど、6時台ならまだ朝っぽさが全然残っています。

今日は広い河の辺りで撮ることにしたのですが、おどろくことに人がとても多い。しかも続々と来る。

こんな冬の朝に人が多いだなんて、思いあたるのは初詣くらいですが、もう二月も終わりなのでそんなはずはありません。

よく見ていると、その人たちは皆ソリに道具を沢山載せて川面へと進んでいくのです。

ああ、ワカサギ釣りだ。

ぼくが早起きしてここへ来た目的は違うけれど、朝ってそれだけでなんだか楽しくて、早起きって良いもんですね。

そして写真を撮り始めたんですが、いつもとちょっと写りの様子が違っていたんです。

なんだか白飛びしているような、、、

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やってしまいました、ISO感度です。

いまこの記事を書く前に写真の情報を見るまで気がつきませんでした。

ISO感度設定が「2000」になってました。

撮影している時によくも気がつかなかったものだと思うし、目が疲れてるのかなくらいにしか思わなかった自分に、こんな鈍感力を持ち合わせていたことも驚きです。

ところがなんだか良いんですよ、写真の映りはザラザラした感じはあるけれど、普段だったら撮れないような写真になっていて、これはこれで。

設定が失敗した心地よさ

なんで今のいままで気がつかなかったかといえば、そこそこ撮れてたからなんです。

それと、一番上の表紙の写真がまさにそうで、なんかやたらと明るく映るので、それからは露出を下げたり絞りもF6.3にしたりして撮ったせいか、それ以降はそんなに違和感もなかったんですよ。

そこまでして気がつかないのもあれですけれど。

朝の光はこんなにも強かったのかとか、いつもとはちょっと違う感じに映るななんて思っていたくらいですから。

そしてその「ちょっと違う感じ」が心地よかったんです、多分。

だからISO感度2000なんて設定のまま撮っていたんです。

良いなあと思える嬉しさ

正確にいえば「ちょっと違う感じ」は「なんか良いなあ」という感じで、正直いつもより楽しく撮っていました。

もちろん、こんなに明るい屋外でISO感度2000で撮るだなんて失敗も良いところだとは思うのですけれど、それで自分が「なんか良いなあ」って思えるなら、それはそれで正解というか成功だと思いました。

設定が正しいから良いというより、撮っていて楽しいが自分的には良いんだなあと気がついたことも嬉しかった。

ちなみにISO感度とは

本当にざっくり説明しますね(細かいことは本を読んだり詳しいサイトで調べてください)

室内の暗い場所や夜間の屋外とかで写真を撮ろうとすると、光を集めるのには時間が掛かるため「シャッター速度が遅くなる(=シャッター速度を遅くしなければ暗く写ってしまう)」という状態になります。

そうすると、走っている車を撮れば流れる様に写ってしまったり、手ぶれも起きやすくなって写真全体がブレブレになったりします。そんな時にISO感度を上げて撮ると、シャッタースピードを速してもそれなりに明るく写すことができる設定なんです。

これだけ聞くとすごい機能ですよね!

でも、ISO感度は上げれば上げるほど、ザラザラとした質感になっていくんです。

つまり画質は悪くなっていくと思ってください。

以前に星空を撮ったときは、シャッタースピードが30秒を超えていくと星が流れて写ってしまうので、ISO感度の設定を上げました。それでもISO1600より設定を上げるとザラザラ感がすごくなってしまいます。

それなのに、今日ぼくはISO2000の設定で撮っていたんです、となるとぼくは最後にこの設定にした時、いったい何を撮っていたんだろう。。

それでも、撮れた写真がなんだか良いならそれで良いんです。本当に。

早起きしたからこそかな

眠い目をこすって出かけなければISOの間違いに気が付いたかもしれないし、そもそも出かけなければ写真は撮っていなかったので、こうして失敗することは「自分が早起きして写真を撮りに行った」証明ともなります。

早起きしたからこそ出かけて撮ることが出来て、そして一般的にISO感度設定を上げるシチュエーションではなくても、あえて上げることで普段とは違う写真が撮れることに気がついたわけです。

案外記憶に残るのはこういうことの方が多くて、それを上手に楽しみに昇華できるかどうかで、日々の暮らし方も変わって来るのかもしれないなと思いました。

早起きしたからこその嬉しい出来事でした。

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