ぼんやりと空想の電車路線を思い描いてみたなんて事、皆さんはありませんか?
ぼくは時々そんなことを考えることがあって、ここからここに行く電車があればいいなあなんて地図上を指で辿ったりしながら空想したりします。
今回はそれと似ているようでちょっと違う形で駅名を考えてみました。
それはすでにある地下鉄路線の駅に、昔使われていた地名だったり過去にあった施設や地域にまつわることなどから、懐古な駅名をつけてみようというものです。
前回の記事では栄町駅からさっぽろ駅までの空想駅名とそれにまつわるちょっとした解説を書きました。
今回はその続きとなります。もしよかったら最後まで読んでみてください。
ちなみに近年札幌市の地下鉄では、副駅名看板広告のスポンサーを募集していて、決定した副駅名は駅名板と並んで駅のホームなどに掲げられていますが、ぼくの空想駅名はそれとは全く関係のないものになりますし、まあアクセス数もほとんど無いこのBlogで書いたところで勘違いされることも無いとは思うものの、空想で勝手に付けたものであることをなるべくわかりやすいようにしておきます。
これは空想ですよ。
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青っぽい地下鉄の懐古駅名を考えていくよ。

札幌の地下鉄には3路線あって、今回はそのうちの青っぽい色の路線の半分くらいの後編を僕の空想で懐古な駅名をつけていきます。
昔と今を行ったり来たり。
駅名とアルファベット表記、いまの駅名でいうとどこの駅かというのと、それぞれ簡単な解説も書き加えておきますので、もしご興味がありましたらご一緒に空想しながら最後までお付き合いください。
みはらし台駅 (View points)
現行の駅名では「大通り駅」にあたります。
「望楼」という空想駅名にするつもりでした。
望楼とはかつて大通り西1丁目にあった火の見櫓で、火事をいち早く見つける役割を持っていました。位置的にも南北線や東西線よりもやや東にある東豊線大通り駅にも近い場所で、昔は存在感があった建造物だけれど今はもうなくて、懐古な空想駅名にはちょうど良い駅名だと思っていたのです。
ところがある日「写真が語る札幌市の100年」という書籍をぱらぱらめくっている時に昭和30年の丸井今井デパート屋上の写真を見つけ、そこには子供が楽しめる様な小さな観覧車や跨いで乗る電車のミニチュアと短い線路が写っていて、その小さな電車の手前に「みはらし駅」という駅名板があったのです。
最初こそ「みはらしとは・・?」なんて思ったわけですが、当時のデパートの屋上は相当にみはらしが良かったのだろうと考えると丸井今井の屋上も、望楼も、そしてテレビ塔も含めて、この辺りには脈々と遠くまで見渡せる施設があったんだと気がつきました。
今でこそ周りは高層ビルやマンションに遮られていますが、そんな当時の風景を尊重して「みはらし台」としました。
「台」を付けたのは別に自然が作った地形上の高台があったわけではなく、デパートや塔の人工的な台を総称しての意味です。
ちなみにかつての丸井今井の屋上には「航空灯台」というものがあり、飛行機の夜間時飛行の航路示標として活用されていたようで、そう考えてもこの場所が持つ「みはらし」が想像出来ます。
アルファベット表記は「Veiw points」としました。
胆振川駅 (Iburi river)
現行の駅名では「豊水すすきの駅」にあたります。
胆振川とはかつて伏古川の上流として存在していた川で、この辺りを流れていました。
明治のはじめころ豊平川周辺には大小の川が網の目の様にあり、鴨々川の分流であった胆振川もそのひとつでした。胆振川は当時の古地図で大通りの東側にあった工業局の方まで流れが続いているため、ここで工業用水としても使用されていたのかもしれません、また物流としての流路でもあった可能性もありますが、どちらにしてもそれなりの流量があったのだろうと思います。
胆振川という名前の由来は、西1、2丁目間の南北の通りが明治の頃に「胆振通」という名称だったことからかもしれません。
その後胆振川は昭和はじめ頃には暗渠化されたようです。かなり前に暗渠化されているので、川の流れの足跡を辿ることも難しそうですし、地下鉄や高層建築が立った現在ではその暗渠すらなくなっているのだろうなと想像します。
それでも当時ここには川の流れがあったのだと想像し、当時に思いを馳せることなら出来るという意味でも、この川の名前を空想駅名にしたいなと思い「胆振川駅」としました。
水車町駅 (Suisha-machi)
現行の駅名では「学園前駅」にあたります。
読み方は「すいしゃまち」です。
この町の名前は、今の学園駅前のある旭町の豊平川側に水車がいくつかあったことから由来していたようです。豊平川の分流となる水車川の水を利用した精米や製粉の動力として活躍していたそうで、この水車川の流れは現在も遊歩道として残っていて、いまもその足跡を辿って歩くことが出来ます。
元々「札幌市字豊平町」という町名だった場所が大正14年に「札幌市豊平河岸」と変更され、その後昭和25年に「札幌市水車町」となりました。
また「水車町」の読みが行政としては「すいしゃちょう」となっていたのに対し、札幌市民をはじめ地元の方々からは「すいしゃまち」という読みで親しまれいて、住民運動を経て令和7年に「すいしゃまち」が正式な読み方に変更されました。
この街の名前が正式に「すいしゃまち」となったことはぼくも嬉しくて、空想駅名としても「水車町駅」としました。
林業試験場駅 (Forestry Center)
現行の駅名では「豊平公園駅」にあたります。
豊平公園が出来る前、ここには林業試験場がありました。
昭和15年に豊平に北海道林業試験場が出来て、昭和28年には西野幌にあった内務省所管の野幌林業試験場とも合併が完了し、その後昭和49年には羊ヶ丘へ移転しています。豊平公園はその敷地跡を利用し昭和52年に開園しました。
いまでも豊平公園には針葉樹見本園や樹木園をはじめ豊富な植生があって、そこに集まる鳥類などを眺めるにもよい場所です。
周辺には交通量の多い道路や住宅がありますが、背の高い樹木が多いせいか、公園内はとても静かな印象です。
また、この記事の一番上の路線図をよく見ていただくと、この駅名の上には乗り換えを示す丸いマークをつけています。
時代が違うため実際には乗り換えが存在していたわけではありませんが、かつて存在していた定山渓鉄道の豊平駅からそれほど遠くないという理由で、空想駅名の空想乗り換えとして、この駅に乗り換えマークをつけておきました。空想だとわかるように乗り換える路線はYudokoro Lineという空想路線名にしてあります。
それと、野幌林業試験場のことですが、昭和2年に2階建ての庁舎が建てられており、それが今でも残っています。
いまは「サッポロ珈琲館 Rinboku」として活用されています。小高い丘の上に建った当時の洋風建築でその当時の雰囲気を感じながらコーヒーを飲んでみてはいかがでしょうか。
東裏駅 (Higashiura)
現行の駅名では「美園駅」にあたります。
かつてこの辺りの近くに「東裏」という地域があったことが古地図には書かれています。現在の「きたえーる」から「平岸温水プール」の辺りまで「東裏本通」という名前の道になっていたようで、この道は「一本通」ともいわれていたようです。
この道はいまも使われていて、昔からのこの辺りに詳しい方には「末広商店街」と言った方がわかりやすいかもしれません。以前は末広湯にコープさっぽろ末広店をはじめ、様々なお店が並んでいましたが近年は住宅街が増えかつての雰囲気もだんだんと変わってきました。
古地図上での東裏という地名の記載は現在の美園小学校のやや北側に書かれているので、いまの美園駅からは少し離れてはいるものの、そう遠くない位置なのかな。
この地名の響きが個人的にはすごく好きなので「東裏駅」を空想駅名にしました。
ちなみに東裏本通(一本通)ですが昭和59年まで平岸霊園に火葬場があったことを考えると、そこまでの交通路かなと考えられますが、それ以前も古地図にはこの道筋が残っているので、明治44年頃に作られた月寒と平岸を結ぶ「あんぱん道路」と東裏側から接続するような路線だったのか、あるいはそれ以前からあったのかもしれません。
また東裏本通はいまの平岸温水プールまでたどりあんぱん道路と接続したのちも、平岸霊園の北端そして東端を南に向かって細く続いているようにも古地図上では見えます。先日の記事で少し書いた米軍作成による1944年頃の地図では辺りに果樹園の記号も見えるのでそことの運搬の道路になっていたのかもしれませんね。
あるいはこの辺りには地形上の起伏が大きくあるものの、その先の望月寒川まで降りて行けば川沿いには少し平な場所があったと思いますし川に沿って南側へ向かうことも出来たとも思うので、その川沿いまで繋がるような道だったのかななんて色々と想像を膨らませてしまいます。
つきさっぷ駅 (Tsukisap)
現行の駅名では「月寒中央駅」にあたります。
月寒は元々「つきさっぷ」という読み方でしたが、その難読さがゆえ昭和19年に町議会によって「つきさむ」という読み方に変わりました。
いまの「白石こころーど」(自転車歩行者専用道路)のルートには、かつて国鉄千歳線の旧路線があり、いまアサヒビール園がある辺りに「月寒駅」(つきさっぷ駅)がありましたが、こちらは昭和19年以降も千歳線が新ルートになり廃駅になるまで「つきさっぷ駅」という読み方を続けていました。
現在ではつきさっぷと名前のつく施設や場所はかなり少なくなっていますが、長く呼ばれてきた「つきさっぷ」という読み方がまた広まれば良いなという思いから空想駅名を「つきさっぷ駅」としました。
また月寒の街には陸軍第7師団歩兵第25連隊が駐屯していたことで、商業などの発展も早かったのだろうと思います。それゆえ街の風景の変遷も大小さまざまあったのではないでしょうか。
そのひとつに商業施設の移り変わりも結構あったと思います。たとえば月寒中央通り5丁目の柳月の国道36号線を挟んで向かい側には「月寒デパート」があり、月寒中央通り6丁目のとんでんの斜め向かい現在高層のマンションがある場所には「ショッピングセンターだいいち」がありました。
また月寒中央通り9丁目の北洋銀行の2軒南側にあるパチンコ店の場所には「西友月寒店」があり、その並びの月寒中央通り10丁目の現在家族葬の施設は元々「コープさっぽろ月寒中央店」が入っていました。
さらに月寒西1条11丁目のサツドラ月寒西1条店の場所には「イトーヨーカドー月寒店」がありました。
このように札幌の中でもわりと早くから大きめの商業施設が複数ありましたが、これらいずれの商業施設もいまはありません。
月寒はわりと早くから街として栄え、人口の増加によって大きな商業施設が出来たり、地下鉄の延伸によって人の動線が変わったり年齢の人口比率が変わったりなどして、商業施設に求められる場所や内容もかわっていったのだろうと思います。
つい最近では月寒西3条9丁目にあった「ラーメン小太郎」さんが閉店されとても寂しくなりましたが、いままで長く営業してくださり感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
そしてこのラーメン小太郎さんがあったお店の前の「水源地通」もまた長い歴史があります。この道を歩いてみると少し蛇行しているのに気が付くと思いますが、これもまた昔からの道の名残です。
ほかにも月寒中央通9丁目の「最初の月寒巡査駐在所跡」の場所から南西に向かう斜めの通りがあって、第一高校の横を通り突き当たりで左折し、南東へ向きを変えセイコーマート西岡店の交差点をそのまま進み、ロピア福住店まで伸びるわりと小さな道がありますが、ここもまた昔からある通りなのです。
昔はどんな風景だったかなと思いながら歩くのも楽しそうですが、狭めの道路はしばしば自動車の裏道として使われ思いの外交通量が多かったり、雪道でさらに道幅がせまくなったりということもあるので、冬は気をつけた方がよさそうです。
向ヶ丘駅 (Farm Hills)
現行の駅名では「福住駅」にあたります。
今回の終点は向ヶ丘駅です。
現在でも「東月寒向ヶ丘地区」という名称で「向ヶ丘」が残っており、また札幌ドーム(大和ハウス プレミストドーム)の歩道橋のある交差点から東に向かう道は「向ヶ丘通」という名称でも残っています。
かつては地下鉄福住駅から東側の、現在は「八紘学園」がある辺りが「向ヶ丘」という地名だったようです。
「丘」という字が入っているとおり向ヶ丘エリアは小高い場所になっています。
実際に目で見てわかりやすいのは、月寒東3条16丁目の東北通りと向ヶ丘通が交わるいま「はま寿司」がある交差点から北側を見ると結構な登り坂になっているのがわかるはずです。その先には「八紘学園」の敷地があって、それをさらに北に月寒川の方まで進むと今度は下り坂になっています。
福住駅の空想駅名を考えた時、どうしようかなと色々悩みましたが、地形というのはわりと昔から現在まで変わらずに残っているので、おそらくこの地名から由来しているのではないかと思われる「向ヶ丘」を空想駅名にしたいと思いました。
現在では建築物だらけで地形を感じられるのはさっきの様な道路上がメインになっていますが、建物がなければ割と遠くまで見渡せる場所なのではないかなと思います。ただ昔は木々があったはずなのでそれはそれで眺望がよくなかったかもしれませんが。
また月寒東2条11丁目には、ぼくも時々行く「月見湯」という銭湯があります。
銭湯という割には広めでサウナや露天風呂までありますし、椅子が置いてある休憩所というのですかね、番台前の湯上がりにゆっくり出来るスペースも広くて、いつかの記事でも書いたかもしれませんが銭湯初心者にも初めの銭湯として良いと思います。
初夏の午後に。
唐突ですが、この「向ヶ丘」の地形を感じるのに例えばこんな1日はどうでしょうか。
休みの日の昼過ぎに月寒中央駅から歩いて月見湯まで行って、まだ明るいうちからゆっくりと湯に浸かる(2026年1月現在で月見湯の営業開始時間は13時45分みたいです)。
そのあと月見湯の前の道を八紘学園の方へ、向ヶ丘の坂を登りつつ歩き、八紘学園の農産物直売所で人気のソフトクリームを買い、目の前に広がる八紘学園の広い敷地を見ながら冷たくて甘いもので涼むなんてのはどうでしょうかね。
こんなに広いところがあったんだ。と感じると思いますし、それはこの場所が丘になっているがゆえ周りの建築物があまり目に入ってこないせいでもあります。
そしてこの八紘学園の農場のある風景がずっと残って欲しいなと思い、空想駅名のアルファベット表記は「Farm Hills」にしました。
あとがき
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
前回の記事では青い地下鉄路線のさっぽろ駅までの空想駅名を書きましたが、今回はその続き大通り駅から福住駅までの空想駅名とちょっとした解説を書きました。
街を歩いたり街のことを調べたりするのが割と好きなので、この記事を書くにあたってまた新たに調べ直したり歩きに行ったりして、楽しく書くことができました。
ただ書き始めるとそれなりのボリュームがあって、前回の記事でもそうでしたが7つの空想とそれにまつわる簡単な解説を書くだけでも結構な時間がかかってしまいました。
緑と橙の色の路線の空想駅名も記事にするか悩みますが、気が向いたらいつかまたやりたいと思っています。
もしもこの記事の評判が良ければやる気が出てくるかもしれませんので、下にあるいいねボタン、もしいいなと思ったら押しておいてください。


